「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第32話

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エルシモとの会見編
<カルロッテ>



 ひたすら咳き込んだあと、先程とは違う涙を浮かべながらも何とか復活したエルシモさんは、たった今聞いた朗報に居てもたっても居られないと言う感じで立ち上がる

 「姫さん、一刻も早くこの話を部下たちに聞かせてやりたいんだが、これで行ってもいいか? もし他に何かあるのなら早く言ってくれ」
 「大丈夫よ。とりあえず私の聞きたい事は一通り聞いたし、サンドイッチの感想もまぁあの程度でいいわ」

 本当は文字の読み書きの話とかもあるけど、それは別に今しなくてはいけない話でもない。それに早くこの話を仲間たちにしてやりたくて仕方がないといった表情の彼をこれ以上引き止めるのもかわいそうだしね

 「それじゃあ、俺はこれで失礼させてもらうぜ。ありがとう、サンドイッチもワインも美味かった。あとギャリソンさん、お姫様に対して失礼な言動、すまなかった」
 「アルフィン様が許可なさった事ですからお気になさらずに」

 そう言いながら一瞬殺気を漂わせ、すぐさま消して笑顔で礼をするギャリソン。彼流のジョークなんだろうけど可哀想にエルシモさん、また青くなってるよ。まぁ、彼にもジョークだと言う事は伝わっているようだからいいけどね

 「それでは失礼させていただく」
 「はい、行ってらっしゃい」

 彼は、私の言葉に一礼してこの部屋の入り口までは歩いて行き、入り口を超えた所で一気に駆け出して行った。本当に早く知らせてあげたいんだろうなぁ、なんて考えながら笑っているとココミが申し訳なさそうに、そして不安そうに私に声を掛けてきた

 「あの、アルフィン様。彼をあのまま行かせても宜しかったのでしょうか?」
 「ん? 何か問題があったかしら?」

 う〜ん、特に聞き忘れとかも無かったはずだし、ここに居る以上先程の私たちの強さに関する話の内容の口止めとかをする必要も無いよね? なら何も問題は無いような気がするけど

 そんな頭にはてなマークを浮かべている私にココミは恐る恐る自分の気付いた事を告げた

 「彼、本来ここでは飲む事のできないお酒を、ワインを飲んでそのまま仲間たちの元へ帰ってしまわれましたが大丈夫でしょうか? それともアルフィン様に何か御考えがあっての事でしょうか?」
 「あっ!」

 冷や汗が流れる

 しまった、エルシモさんがあまりに喜ぶからつい失念してしまった。本来は解毒の魔法を掛けてアルコールを抜き、少し休んでもらってアルコールの匂いを消してから帰すつもりだったのをすっかり忘れてしまった

 この後、私たちが懸念した通りエルシモさんは仲間たちにそのことを指摘され、袋叩き・・・とまでは行かないけど吊るし上げを喰ったのは言うまでもなかった。まぁ、そのままでは可哀想だし私も悪かったから、夕食に1杯だけワインをつけるからエルシモさんを許すようにと野盗たちを説得しておいてねとミシェルに頼んでおいたけどね


 ■


 街道から外れた場所にぽつんと立つ廃屋。過去に襲撃か何かがあったのだろうか? 壁の一部は崩れており、また長い間人の手が入らなかった為に屋根は雨漏りが酷く、そのせいで床も場所によっては踏み抜いてしまうほど脆くなっていると言う状態でそれは打ち捨てられていた。ただ、その廃屋は元々金持ちか貴族の別荘だったのだろうと容易に想像できる程度に大きく、簡易的にとは言え屋根や床を修理された今では複数の家族が一緒に生活できる程度には整備されていた

 そんな廃屋の一室、過去に応接間として使われていたであろう部屋にアルフィンとギャリソン、そしてイングウェンザーの幹部の中で唯一この館の者たちと面識があり、色々な意味でそこに住むものたちを安心させる為に同行したセルニアの3人は通されていた

 「夫たちと会えるのですか!? 本当に?」
 「ええ。犯罪を犯して捕まった者と家族を会わせると言うの行為はこの国ではありえないと聞いたのですが、私の国では少し違って収監所内での生活態度が特に悪いもの意外は短時間ですが家族と会うことができる面会と言う制度があるのです」

 私の話していることを不思議そうに聞いているこの女性はカルロッテ・ミラ・ボルティモさんと言って、この廃屋に住む野盗たちの家族の間ではリーダー的な立場にある人であり、また名前からも解る通りエルシモさんの奥さんでもある

 外見から想像する年齢は20代後半から30代前半かな? 緑掛かった灰色の瞳と後ろでまとめた金髪がとても綺麗な優しそうな女性なんだけど、エルシモさんが言うように生活が苦しいからなのか少しやせすぎのような気がする。ただ、笑顔が魅力的な人なので、10代の頃はさぞモテたのではないだろうか? エルシモさん、うまくやったなぁ

 胸に揺れている聖印からすると神官なのかな? と言うことはこの人も元冒険者なのだろう。ただ、こっそり気探知で調べた所3か4レベルと言った所のようで、これでは一番低い位階の魔法でもたいした威力で使うことはできないだろうし、金の冒険者と言っていたエルシモさんとは釣り合いが取れないから同じPTだった訳ではなさそうね。と言う事は彼が冒険者ギルドでナンパでもしたのだろう。きっとそうだ

 「面会? ですか」
 「ええ、私たちの国では基本的人権と文化的に生活する権利が法律で保障されていて、犯罪を犯して捕まったものにも最低限の人権が認められています。そしてその法律の権利にしたがって収監されてから一定期間がたち、収監所の中で特に大きな問題をおこしていない者は家族と面会を許される制度があるんですよ」

 そう、わが国では基本的人権と健康的に生活する権利がある。これは私が元いた世界でも法律上ではあった物だったけど、それが守られていたかと言えばそうではなかったとしか言いようが無い。人は生まれながらに勝ち組と負け組みが決められており、私は幸い勝ち組の家に生まれ大学を出てカンパニーに入りその後独立、そして今の地位を得ることができた。しかし大多数の者たちはただただ働くだけの家畜のような、そう、ブラック企業の社畜と呼ばれる苦しい生活を強いられていたらしい

 その現実を私はユグドラシルと言うゲームをはじめるまで知らなかったし、そのゲーム内では皆現実世界ではできないからと言って自分たちが手に入れた本拠地に色々な娯楽施設を作り楽しんでいた。そう、うちの店に訪れていたプレイヤーたちは現実世界では味わえないからこそ、うちの店で楽しんでいたのだ

 事実お客さんが訪れる地上階層では彼らの要望で作られた施設も多くあるし、地下階層の設備もそんなお客さんたちの「本拠地を持ったらこんな施設を作るんだ」と言う言葉を聞いて、NPCたちが生活するのならこのような施設があった方がいいだろうと思って作ったものがそろっていて、今私たちが使っているヘアサロンや天然(?)温泉を含む各種大浴場、レストランバーやクラブ等の娯楽設備など、ゲームでは何の意味も持たない設備の数々がこの城にあるのはそういう理由なのよね

 そしてそんな彼らを知っている私はこの世界に来て決めた事がある。私の知っている範囲ではあるけど私のギルドでは本来の日本の憲法に、歴史の資料や昔のアニメや漫画で見た古き良き日本になるべく近くなるよう規則を決めようと、そしてそれをできる限り守ろうと、そう思ってこのギルドの方針を決めているの。だからこの世界の常識からすると非常識と取られるかも知れないという事を承知で私はエルシモさんたちと接しているのだ

 なぁ〜んて偉そうな事を言っているけど実は憲法なんて勉強した事はないし、歴史の勉強もほとんどしてないから漫画とアニメの知識がほとんどなんだけど。だから私の中の勝手な想像と理想によって作られたなんちゃって憲法だから、別のプレイヤーからしたらそれは日本の憲法ではないと突っ込まれるかもしれないけどね

 でもね、私はそれでいいと思ってる。少なくとも私の考えている国は圧制を強いるものではないし、みなが楽しく暮らせる国であると言う事に確信を持っているのだから。変に堅苦しく考えて住みにくい規則になってしまったら本末転倒だからね

 さて、ちょっと話がそれてしまったので話を元に戻すとしよう。私の説明を聞いてカルロッテさんは完全にとは言わないまでも面会と言うシステムがどういうものかある程度理解できたようだ

 「よくは解りませんが、その面会と言う制度のおかげで私たちが夫たちと会えると言う事だけは解りました」
 「ええ、それだけ解ってもらえれば大丈夫です。それとですね、それに付随した事なのですがこちらから一つ提案があります」

 本当はその話をする為だけにここに来たのだけど、この廃屋に住む人たちの状況を見てはそのまま帰る訳にも行かないだろう

 「提案、ですか?」
 「ええ、面会をスムーズにする為にある場所に移住してもらいたいのです」

 この廃屋、正直言って子供たちが住むには不衛生すぎる。シャイナが見たらかわいそうだと泣き出してしまうんじゃないかしら。なので早急に生活環境の改善が必要だ。それに男手であり稼ぎ手でもあるエルシモさんたちを失って彼女たちのこれからの生活も心配だしね

 お節介がすぎる気もしないではないけど、カルロッテさんを見る限り食糧事情もかなり問題がありそうだし、子供たちの事を考えるとそのあたりも含めて何とかすべきだと思う

 「私は先日ここから数キロ離れた場所にあるボウドアと言う村の近くの土地を譲渡してもらいました。そちらに近々館を建てる予定なのですが、その敷地内にあなた方が住む別館を併設するのでそちらに移り住んでもらえませんか?」
 「えっ!? 私達の為に新しく館を建てると言うのですか!?」

 もちろんこの人たちが可哀想だからと言うだけじゃなくて移住してもらうにはちゃんとした理由もあるの

 その一つは面会の為に城まで来てもらうには<ゲート/転移門>の魔法を使うか[転移門の鏡]<ミラー・オブ・ゲート>を設置する必要があるんだけど、ほぼ毎日数人ずつの面会が行われる予定なのに毎回ゲートを使う事ができる誰かを派遣するのは正直大変だろう。かと言って防犯上、この廃屋に誰でも通れる転移門の鏡を設置する訳には行かない。なので元々転移門の鏡を設置するつもりだったボウドアの村に作る館の近くに住んでもらった方が私たちからしても何かと都合がいいのだ。そして後一つは・・・まぁ、こちらはどうなるか解らないからここでは語らないでおこう

 「一つ建てるのも二つ建てるのもたいして変わらないですからね」
 「いえ、それは流石に大きく違うような気がするのですが?」

 そう思うのが普通なのだろうけど、魔法で作るのだから私からしたらたいして違わない。そしてメリットがこちらにもある以上、そうしてもらった方がありがたいのだ

 「それでどうですか? 移住はしてもらえますか? ただ、別館とは言え館の敷地内に住んでもらう以上私の国の法律に従ってもらうことになるでしょうし、何の支払いも無く住まわせる訳にも行かないので雑務や農作業などの仕事はしていただく事になりますが。まぁ、その仕事も普通の村で行われている程度の仕事ですからそれほどきつい物ではないですし、家賃以上に働いた分はちゃんと報酬もお支払いしますよ」
 「住む所だけではなく仕事まで。他の者とも話し合わなければいけませんが、これほどの好条件ですから反対意見は出ないと思います。ですのでこちらからもお願いします。移住させてください」

 立ち上がり頭を下げるカルロッテさん。彼女がこの館の主と言うわけではないけど、代表して私と話をしているのだから他の人たちからも信頼されているのだろうし、彼女の了解を得られたのなら大丈夫だろう

 「面会は来週からですが、館は今週中に出来上がるでしょうから移住はその前にしてもらう事になると思います。こちらには館が完成したら迎えを寄越しますね」
 「こんしゅう? ですか」

 ん? ああ、週と言っても解らないか

 「ああ、この国では使わない単位でしたね。エルシモさんたちにはすでに説明をして普通に使っていたのでうっかりしていました。私の国では日付を七日に区切って一纏めとして週と呼んでいるのです。なので先ほどの言葉を説明しなおすと面会は七日後くらいからですが、館はそれ以内に出来上がるので完成したら迎えを寄越します。この週と言う単位は私の国では普通に使われているので当然館でも使われます。ですから他の方たちにも説明して置いてくださいね」
 「はい、解りました。七日で1しゅうですね。ちゃんと伝えておきます」

 うん、これで大丈夫かな? 一応伝え忘れが無いか小声でギャリソンに確認。ギャリソンは何も言わずにっこりと微笑んでから一礼だけしたけど、これって大丈夫って事よね? と言う訳でこれで会見は終了。っと、私の独断で誰とも相談していない内容だけど特に反対はされないだろうから、これも話しておくかな
 
 「あ、館の方には家具もそろっているので引越しの時には身の回りのものだけ持ってきてもらえればいいです。それと最低限の食料も用意してあります。これはエルシモさんたちが収監中に働いた分の一部を前借すると言う形で支給するものなので代金の支払いはいりません」
 「住む為の家具や食料までいただけるのですか?」

 たしか刑務所では外よりはるかに低い賃金ではあるものの、収監中に働いた時間分の賃金を支給して出所した時に渡すというのを前に小説で読んだ事がある。これは無一文で放り出すと再犯する可能性が高いからある制度らしいね。と言う訳で、うちでも出所する時にお金を渡すつもりなんだけど、その一部を前借して家族に渡してもいいんじゃないかなぁと言う私の勝手な考えでこの人たちに食料を分ける事にした

 まぁ、これに関してはわが国の規則なので私の一存で何とかなるし(さっき法律なんちゃらと言っていたけどそれはそれ、これはこれ。人助けだし、いいよね)エルシモさんたちには出所後のお金の事は話していないから問題無し! それ以前に家族に迷惑を掛けているのだからそれくらいのお金は出させるべきだろう

 と言う訳で、これで本当に会見は終了。カルロッテさんだけでなく、この廃屋にする人たち全員のお見送りを受けてセルニアの作ったゲートを抜けて(カルロッテさんがこっそりセルニアの頭を「偉いねぇ」と言いながら撫でていたのは見なかったことにしよう)城に帰った


 ■


 この数日後、どこからともなく現れたメイドたちが何か作業をしていた次の日の朝、目を覚ますと前日まで何も無かった丘の下の荒地にいきなり塀と飾り門、そして見事な庭付きの館とその横に一回り小さな別館が数棟出現してボウドアの村の人々を驚かし、その別館の一つに入ったカルロッテたちが収監所に始めて入ったエルシモたちよりも驚いたというのはまた別の話


あとがきのような、言い訳のようなもの



 エルシモの奥さん初登場です。一応このキャラはこれからも活躍してもらう予定です

 さて、本編ではアルフィンがこの人が美人だからエルシモがナンパしたんだろうと決め付けていますが、実はエルシモはもてるんですよ。明るいし、リーダーシップあるし、実力は仲間のおかげとは言え金の冒険者まで上がっているし、もてるのは当たり前ですよね。この事から解る通りこの奥さんの方から言い寄り、ライバルを蹴落として今の地位を得ています

 後、この奥さん、元冒険者で鉄の冒険者だったのですが冒険者としてだけではなく、正真正銘の神官職でもあるんですよ。これは生まれがちょっと大きめの町で生まれて子供の頃から信仰に目覚めていたからなんですけど、所詮その程度で信仰系マジックキャスターになっただけなので才能はありません。だからさっさと引退して奥さんの地位に納まっていますが、それでも回復魔法が使えるので野盗の家族たちの間ではかなり重宝され、エルシモの存在もあって野盗の奥さんたちのリーダーの位置を得ています

 お詫び

 前に最後の別の話とお茶を濁した所は多分ハーメルン掲載時にもうちょっと加筆すると書きましたが、それだけ独立して後日書く事になりそうなので今回はこの程度の加筆で終わらせてもらいました

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